2010/09/12

北海道で出会った、旅の恩人に会いに行く。

家に帰ってくるときに、千葉県船橋市に住む前回の旅の恩人に会いに行きました。

旅の恩人である徳田さんと知り合ったのは、北海道の知床(羅臼)です。

知床峠知床峠を下る途中にある羅臼ビジターセンター近くの駐車場のトイレを借りたときに、徳田さんに声を掛けられました。自転車で日本一周してることを伝えると、すっかり意気投合し、缶ビールを飲みながら、徳田さんの車の中で一夜を明かしました。

そこで別れたあとも、電話などで「今、どこにいるんだ?生きてるか?」と心配し励ましてくれ、僕が釧路で財布を落としたときも、400㎞以上も離れている稚内周辺から駆けつけようともしてくれました。

「近くに来たときは、家に泊まりに来い。」と誘ってくれていたので、東京のアパートに戻る前日、船橋の徳田家に一晩泊まらせていただきました。とても楽しい一夜でした。

そのあとも連絡は取っていましたが、徳田さんに会うのは、それ以来です。
今回は、ちょうど船橋近辺を通るため、そして、旅の再開の報告のために、会いに行きました。

午後2時、懐かしい徳田家に着くと、前回と変わらず、わんちゃんが2匹、僕を出迎えてくれました。
わんちゃんの鳴き声で徳田さんが顔を出したので、久しぶりに顔を合わせて、あいさつ。変わっていません。
そのまま、離れにある、徳田さん専用の“掘っ立て小屋”、、じゃなくて、“お城”に入りました。

徳田さんは、農業を営んでいて、今はちょうど、ナシの収穫最盛期。冷蔵庫で冷やした、商品にできない小ぶりのナシを出してくれました。


うまい、うまい。

ほんのりと酸っぱくて甘い汁が、口の中に広がります。真夏の日差しが照りつける中を走ってきて、のどが渇いてたまらない僕は、気づいたら2コほど、ペロリと食べてしまいました。

ナシといえば、秋の味覚。
こんなに暑いのにもう秋? まだまだ全く実感が伴いません。
この辺りは、ナシの収穫が盛んのようで、ここに来るまで道路沿いのいたるところに、ナシの直売所がありました。徳田さんは、基本、直売所で売っています。

「市場で売っているナシとは、食わしてるもん(肥料)が違う。市場は、大きさが一番だが、こっちは大きさプラス“味”で勝負だ。」

と、誇りを持ってナシ作りに取り組んでいました。

肥料を決まったときに決まった量入れ、消毒も年に10回するなど、みっちりとスケジュールが組んであるようです。部屋にかけてあるカレンダーには、事細かに「やるべき事」が記入してありました。

手間暇かけたナシだから、やっぱりうまい。その思いが伝わったのか、徳田さんは、もうひとつ、ナシを出してくれました(笑)。

ただ、今年の異常な暑さのせいで、ナシの出きが良くないそうです。
昼夜の寒暖差が少ないため、ナシも夏バテしてしまって、例年より小ぶりになってしまうということでした。
旅好きの徳田さんには、四国や北海道などにもお友達がいますが、北海道のお友達は「この暑さで、じゃがいもの中に空洞ができて、ポテトチップスにならない。」と悩んでいるそうです。

ほんと今年の夏は暑い。いろんなところにその影響が広がっています。

徳田さんは、根っからの旅人で、日本中を車で走り回っています。

北海道には7回、四国にも7回、九州には5回、行ったそうです。

四国八十八箇所パネル部屋の壁には、日本全国の地図がはってあり、四国八十八箇所や、北海道三十三観音霊場の御影札(おみえふだ)をはった額装などもかけてあります。



旅の地図前回も見せていただきましたが、徳田さんが「家宝」と呼んでいる、ボロボロの日本全国の地図帳をまた見せてもらいました。

徳田さんは、旅するときに必ずこの地図帳を持って行きます。そして、通ったルートには線を引き、行ったところには丸印をつけ、道の駅ではスタンプを押し、知り合った人の電話番号、メモなどなど、余白を埋め尽くすように何か書き込んであったりしてあります。
前回見たときも、すでにすごい書き込み量でしたが、ここ2年間の間に、四国八十八箇所めぐりをしたり、九州の天草の方に行ったりしているので、ますます大変なことになっていました。

「今日も泊まっていけ!」

と徳田さんは言ってくれましたが、徳田さんは、この後17時からナシの消毒、明日は朝5時に起きて仕事をしなければいけません。

「ナシの収穫、手伝います!」

と申し出ましたが、どうやら完全素人の僕は“足てまどい”のようです。。邪魔しちゃ悪いので手伝うことはやめ、今日は僕のアパートに帰ることにしました。

家の向かいの建物では、徳田さんの奥さんが、採れたてほやほやの徳田さんのナシを売っています。
奥さんが「よく来てくれたね。」とお茶を出してくれたので、そこのイスに座って、つい長話。ナシのことや、お雑煮のことなど、話は弾みます。

いただいたナシ帰るときに、「ナシ、持ってて。」と、売り物のナシ一袋&数個と、とんかつも、いただきました。
感謝、感謝。本当にうれしいです。カバンにナシを詰め、徳田さん夫婦に別れを告げました。


これからも度々、近況報告します。ありがとうございました。

大地も人もでかい、北海道!

「ここって日本?」

と思わず叫んじゃいそうな、日本のフロンティア、北海道!

北海道の雄大な自然は、ある意味、カルチャーショックですが、底知れぬ魅力を感じます。僕の周りでも、沖縄と並び中毒者続出中!

●北海道の無料温泉露天風呂

北海道には、数多くの温泉があり、無料の温泉露天風呂もちらほら点在しています。

徳田さんと出会うちょっと前、知床峠の下り途中にある秘湯「熊ノ湯」に立ち寄りました。
地元の人たちに混じり、岩をくりぬいて作ったような露天風呂に浸かります。

熊ノ湯とにかくお湯が熱い!!

何とか我慢して入っていると、それに気づいた地元の方が、「水、入れてもいいよ。」と言ってくれたので、蛇口をひねってちょろちょろ水を出し、そのホースの前を占領。
こういうところで自分勝手は厳禁です!?
地元の方や旅をしている方と、少しずつ話をして、別れ際には、けっこう仲良くなりました。

あともう一つ、僕が気に入った無料の温泉露天風呂が、屈斜路湖畔の「コタン温泉」。

ここは屈斜路湖畔の一角を石で囲んだ露天風呂で、湖の中に入っているみたいです。

コタン温泉とにかく景色がいい!!

眼前に広がる、屈斜路湖。その奥には、数時間前に越えてきた美幌峠のある山々がそびえ、遠く周りを囲んでいます。

温泉につかっていると、管理人の方が、オカリナを吹き始めました。透き通ったオカリナの調べが辺りに響き渡ります。
僕は、時の経つのをしばし忘れ、壮観な自然の中に溶け込んだような、自分という存在が消え去ったような、そんな気分になりました。

●北海道で出会った、ケタ外れに親切な恩人

先ほど、釧路で財布を落としたと書きましたが、結局、その後、1週間ほど無一文で過ごしました。

その時、浅はかな僕は、お金や身分証明書、カードなど全てを財布の中に入れていました。
財布をなくすと、それら全てがいっぺんになくなってしまいます。
どうやって生きていこうと、さすがにあせり、釧路のハローワークに飛び込んで、日雇いの仕事を探しました。スタッフの方が手を尽くしてくれましたが、身分証明書がないので結局、働けず・・・。
2,3日、絶望の淵にいましたが、幸い、カバンの中に、食パンや、じゃがいも、玉ねぎなどの食材が入っていたので、気を取り直して先に進むことにしました。

帯広で、事情を話しタイヤをツケで購入させてもらったりしながら(この方も、信頼おける、素晴らしい方でした。)、何とか新冠に来たとき、札幌で知りあった「家に泊まりに来て。」と誘ってくれた方のところに電話しました。

それまでに、何回か電話をいただいていたので、「あと数日で伺います。」というお知らせの電話だったのですが、財布を落としたことなどをちらっと話すと、室蘭から約150㎞離れている新冠まで車ですっ飛んできてくれました。
そして、お金を貸していただき、そのうえ、近くの温泉に行き、ご飯もごちそうしてくれました。

僕は、感謝の気持ちと共に、「こんな親切な人が世の中にいるのか!?」とただただビックリしました。
札幌の観光地でただ1度、ちらっと会っただけの僕に、こんなによくしてくれるなんて・・・。
マジ感動しました。

「このまま車に自転車乗っけて、家に来る?」

とありがたい申し出をいただきましたが、頑なな僕は、それを断り、その場はそこで別れました。

その1週間後、札幌でカードを発行してお金を手に入れた僕は、室蘭の土開さんのお宅にお邪魔になり、2泊3日、天国にいるような日々を送らせていただきました。
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2010/09/08

千葉のお雑煮のキーワードは、“のり”!?

8月30日(月)、佐倉城址公園の東屋のベンチで、力尽きるように、横になって寝ていました。

29日の夜、写真の整理やブログの作成をしようと、京成佐倉駅近くのマクドナルドに行きました。
19時すぎから始めましたが、思ったより時間がかかり、結局、完成させることができないまま、深夜3時、店を出ました。

まだ初めだから慣れないのだろうか・・・。この先が思いやられます。

朝、東屋でボーッとしていたら、黄色い服を着た20人以上の団体の方が東屋にやってきました。

「おはようございます。」とあいさつをすると、女の人(江戸さん)が声を掛けてくれました。

その団体の方たちは、「佐倉市民カレッジ」の学生(?)で、今日は公園の清掃活動をしていたようです。
江戸さんが熱心に僕のことを聞いてくれたので、「自転車で日本全国を回る予定なんですけど、まだ4日前に出発したばっかりなんです。」などと話がはずみました。

江戸さんは、佐倉のことや、佐倉市民カレッジなどについて話してくれました。
カレッジと言うだけあって、4年間しか参加することができません(江戸さんは現在2年生。留年はあるのか聞くの忘れました(汗)。)
カラオケやボーリング、運動会など、催し物盛りだくさんで、とても楽しい大学生活のようです。
江戸さんはじめ、皆さんが生き生きしていたのが、印象的でした。
そんな楽しい会話をしていると、東屋で今日の清掃活動の報告会(講義?)が始まったので、邪魔しちゃ悪いなと荷物をまとめ、あいさつをして東屋から立ち去りました。

そのまま、一旦は城址公園から出たのですが、お雑煮のことを聞かなかったのがものすごく気になって仕方ありません。
江戸さんは(名前が“江戸”なのに)大阪の出身ですが、地元出身の方も多いはずなので、やっぱりこの機会を逃すわけにはいかないと、もう一度、東屋に戻りました。

東屋では、ゴミ問題について(?)まだ議論していましたが、一段落ついた時を見計らって、「この辺りのお雑煮のことを教えてください。」って皆さんに声を掛けました。
皆さん、心良く受け入れてくださり、ちょうど僕の近くにいた人たちが、地元出身の方たちだったので、僕もそこに混じり、お雑煮談義のスタートです。

話を始めると、すぐ出てきたのが、「ハバノリ」です。

僕は、この2日前、佐倉図書館に行き、「聞き書 千葉の食事」や、「白井市の民俗」など、お雑煮のことが載っていそうな郷土資料を、片っ端から物色していました。そのとき、初めて知ったのが、「ハバノリ」です。

いきなりその「ハバノリ」が話題に上るとは!

九十九里出身の方は、3種類ののり(ハバノリ、青のり、焼のり)を、手でもんで、かつお節と一緒に、雑煮に入れると言っていました。
年末になると、お店などの店頭に「ハバノリ」が並ぶそうです。ただ、値段が高いらしく、そのため「家では入れていない。」と言う方もいました。
「房州(房総半島南部の国)の人たち、特に海岸に住む人たちは、ハバノリを雑煮に入れるよ。」と聞くと、本に書いてあるのを読むのとは違った、新鮮でリアルな感動があります。

佐倉出身の方が、「大根の葉を天日にさらして乾燥させ、火であぶったものを、手でもんでボロボロにして雑煮に入れる。」とおっしゃっていました。

このやり方は、先ほどの「のり」の「大根の葉バージョン」です。
「のり」があまり手に入らない内陸の地域では、のりの代用として、大根の葉を使用したのでしょうか?
しかし、「聞き書 千葉の食事」に、佐倉市の隣の内陸の町・八街市では、雑煮に「ハバノリ」を入れると載っていたのもあり、謎は深まります。こういうことを聞くと、僕なりに真相を確かめたい気持ちに駆られてしまいます。

前回、房総半島を一周しましたが、もう一度、一周しないとだめだと誘われているようです。
また今度、今年の冬辺り、野島崎灯台を見ることになりそうな予感がします。

現在、一旦、家に帰ってきています。

ノートパソコン一式が予想以上に重く辛いので、現在、もっと軽いノートパソコン(PDA?)の購入を検討しています。
また、ちょっと旅をして気になった荷物の整理や、日記・写真の整理、スキャンピ!から送られてきた書籍PDF(けっこう、いい感じです。)のダウンロード・保管などしています。

雑煮を調べるに当たって、「一般に知られていること」については、できるだけ事前に知っておきたいという思いを強く持っています。
理想を言えば、現在、お雑煮について書き残してある文献や資料、論文、紙切れなど、全てを把握したうえで、地元の人々に「家のお雑煮」を尋ねたいと考えています。ただ、それは僕の能力じゃ、ちょっと、いや、限りなく、無理な気がします・・・。

先ほどまで、図書館から借りてきた「日本の食生活全集 聞き書 ○○の食事」シリーズのページをめくって、お雑煮に関する事柄について調べていました。

この「聞き書 ○○の食事」シリーズは、47都道府県全ての伝統的食文化について書き記した、膨大な食のデータベースです。
ちょっと流し読みするだけで、地域ごとに脈々と培われてきた日本の食文化の奥深さに、気が遠くなりそうになります・・。

そして、ますますおばあちゃんのことが大好きになります(!?)。
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2010/09/03

リベンジ!国立歴史民俗博物館 ~ミュージアム好きの見果てぬ夢~

8月29日に、もう一度、国立歴史民俗博物館(歴博)に行ってきました。

おとといは、予想外の疲労のため、全然見ることができずに閉館になってしまったので、リベンジマッチを挑みました。
今回は準備万端、気付け薬としてコーヒーも用意して、開館と同時に入場です。

国立の博物館・美術館はどこもそうですが、量と質が半端ありません。
東京国立博物館や国立科学博物館など、何度行っても1日で全てを見切ることができません。


ここ歴博も同じく、幾層にも渡る展示の数々に圧倒されます。

特に、江戸時代までの歴史展示が秀逸です。
ここの展示物は、複製品が多いのですが、僕は本物にあまりこだわっていないので、解説パネルを読むだけではなく、レプリカでもなんでも、それに伴った展示や模型があることで、より深く頭に残るような気がします。

また、国立の施設のいいところの1つが、写真を撮っても大丈夫なところです。

多くの博物館や美術館では、撮影禁止となっているところが多いのですが、国立の博物館・美術館は、写真撮影オッケーなところが多いです。
これだけ、ごっちゃりと解説や展示物があると、1度見ただけ・読んだだけでは理解することができません。写真を撮っておけば、後で何度も確かめることができ、より理解が定着します。

パーント 宮古島島尻
沖縄のシーサー。村の守り神。
「獅子」の沖縄ヴァージョンだが、どことなく愛らしく、かわいい。

もう少し歴博の写真を見たい方は、
Webアルバム ぶらっと日本めぐり⑦ 国立歴史民俗博物館
をご覧ください。

常設展示鑑賞後、現在開催中の特別展「アジアの境界を越えて」を見ましたが、こちらは、網走の北海道立北方民族博物館と、タイのチェンラーイにある山岳民俗博物館、先日見に行った東京国立博物館の特別展「誕生!中国文明」&東洋ギャラリーの超ダイジェスト版という感じで、常設展の充実度と比べると、ちょっと物足りなく感じました。

※ただ、カタログは分厚く充実していて、展示されていなかった北方世界の衣装の写真や、詳細な解説など、とても読み応えのある内容でした。

特別展を見終わったあと、まだ少し時間があったので、かけ抜ける感じで見た、第6展示室(現代)や、第3展示室特集展示『伝統の朝顔』などをもう一度回り、午後5時の閉館と同時に外に出ました。

実はまだ心残りはありますが、何とかリベンジできたようです。
今度、旅から帰ってきたら、またじっくり来てみようと思っています。

おすすめの博物館(前回の旅より)

前回の旅では、町の郷土資料館から国立の施設まで、気になった多くのミュージアムに行ってきました。
その中で、特に興味を引いた博物館が、網走にある北海道立北方民族博物館と、大阪にある国立民族学博物館、そして、秋田県立博物館です。

北方民族博物館 イヌイトの竪穴住居ジオラマ北海道立北方民族博物館では、アイヌだけではなく、サミやコリヤークなど、北方民族一般の文化等の紹介をしています。
イヌイトやサミの服装や、イヌイトの竪穴住居ジオラマなどがあり、極寒の地に住む人たちの、生きるための知恵や技術、工夫に驚きました。

民族学博物館 ゲルの外観国立民族学博物館では、世界中の各地域独自の文化や、風俗、風習の紹介をしています。
アボリジニのドリーミングについてや、トルコの水たばこ、インドの山車、韓国の茅葺き模型、モンゴルのゲル、タイやベトナムの楽器などなど。あっ、それとオーディオガイドも無料です。とにかく見どころ満載すぎで、興味が尽きません。特にビデオテークの充実度がすごいです。
ここなら1週間通い積めても、まだまだ楽しめます。

秋田県立博物館そして、秋田県立博物館です。

竪穴住居の復元模型などがある「秋田の歴史」や、マンモスの骨格標本模型や、植物、昆虫、動物、鉱石の標本などがある「自然展示」など、とても充実した展示になっています。

特に、僕の興味を引いたのは、「菅江真澄資料センター」です。
菅江真澄は、江戸時代の人で、東北や蝦夷地(北海道)を歩き回って、その土地土地の習俗について、スケッチしたり、書き残したりした人です。この人を知って、「記録に残すってことは大切なことなんだ。」と深く感銘を受けました。

もしみなさんも、行く機会があったら、これらの博物館を訪れてください。きっと大興奮することうけ合いです!?

■三重県立博物館への、大いなる期待!

現在、三重県では、平成26年の新県立博物館開館に向けて、議論が重ねられています。

三重県の新県立博物館整備について


前回の旅で、最も長く滞在していたのが、三重県です。

西に大阪、東に名古屋という大都市圏に挟まれている三重県には、西の文化と東の文化の両方が存在しています。それを象徴するように、お雑煮に入れるお餅を丸餅と角餅に分ける境界線が、布地山地に沿って、三重県を東西に切り裂くように走っています。

また、三重県には、特色ある「山の文化」や「海の文化」があり、伊勢神宮や熊野の「信仰の文化」も存在しています。
それぞれの文化の影響を受け、お雑煮も県全体で統一感がなく、バラエティーに富んでいます。

悪く言えば、混沌としてまとまりがありませんが、よく言えば、これほど多様性のある県もないのではないかと思います。
そんな三重県の博物館。期待しない方が無理というか、期待は高まる一方です。

それともう一つ、僕が密かに期待しているのは、「入場料の無料化」です。

ここ数年、「全国学力テストで、毎回、秋田県が上位に来るのはなぜ?」と話題になっています。
先ほど、僕がとりあげた秋田県立博物館の常設展は、入場料無料です。
僕は、このことも、その答えのひとつなのではないかと思っています。
広く市民に利用してもらうために、秋田県は公立の施設はなるべく無料化しようという方針だそうです。そして、それを受け入れる秋田県民の県民性が、学ぶ力を高めているのではないかと考えています。

元々、三重県立博物館の入場料は40円だったようですが、クリス・アンダーソン『フリー <無料>からお金を生み出す新戦略』に挙げられているダン・アリエリーの実験(ハーシーズのチョコの値段を「1粒1セント(1円)」から「無料」にした途端、爆発的に選択されるようになったという実験。) のように、40円と「無料」の効果は全く違います。

入場料の無料化は、より多くの人々が県立博物館に訪れる動機となり、その志が、人々の三重県を愛する心を高め、人々を三重県に引きつけることに、大いに貢献すると思います。

秋田県立博物館の他にも、宮崎県総合博物館や鹿児島県立博物館など、常設展無料の県立博物館はございますが、これに続くよう、三重県の英断を陰ながら期待しています。

ぐるっとパス

今年の冬、「ぐるっとパス」というチケットを買って、都内の博物館や美術館、動物園などをうろつき回っていました。

このチケットは、定価2000円で、最初に使った日から2ヶ月間、都内70カ所の施設に行くことができます(森美術館等、割引のところもあり。)。

毎日のように、どこかの美術館にせっせと通って、追加料金なしで、行けるところはほぼ制覇しましたが、東京にこんなにも多くの、見応えのある美術館や博物館があるのには、心底驚きました。

東京は、芸術作品の量や質に関して、十分、海外の都市に匹敵しているのに、多くの施設に分散しているためにその真の力が発揮できていないのではないか?と思いました。

日本を代表する、世界に誇れるミュージアムは、どこでしょうか?

浅学者のただの思いつき・戯言というか、あるいは、多くの人が考えていることかもしれませんが、例えば、上野公園にある各国立博物館を統合し、東京国立博物館は「日本・東洋部門」、国立西洋美術館は「西洋美術部門」、国立科学博物館は「科学部門」などとして、「東京大博物館」を新しく生み出すというのはどうでしょうか?

「イギリスは、大英博物館。」、「フランスは、ルーブル美術館。」、「アメリカは、メトロポリタン美術館。」というように、「日本は、東京大博物館。」といえるような、芸術に興味のない人でも知っている「世界規模のメガ博物館」を作りだすのは、絶対ワクワクすることだと思います。

なぜなら、そういうものができたら真っ先に僕が行ってみたいですし、そんな日本に誇りを持てると思うからです。
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2010/08/31

一夜限りの一夜城

今回の旅から、ブログを書くためノートパソコンを持ってきました。

いざ、このブログの更新や写真の整理をし始めると、思ったより時間がかかって大変です(汗)。できるだけ、今日の出来事は今日中にアップしようと思っていましたが、ちょっと無理っぽいです。

ということで、このブログをアップしたときと、実際の日にちには、数日の時差が生じてしまいます。文章も書き殴り感の強いものになってしまうと思いますが、試行錯誤しながら、ちょろちょろ書き進めたいと思っています。

出発前、秋葉原で記念撮影初日、秋葉原で友人と会っていると、この前、能登半島を1周してきたという旅好きの大学生に声をかけられ、すっかり意気投合。そのノリのまま、午後6時すぎ、とうとう出発しました。

千葉県の佐倉まで行く予定でしたが、暗くなってしまったので、東京と千葉の境となる江戸川の河川敷で野宿。

江戸川河川敷やっぱり河川敷はいい!
景色はいいし、川が近いので、とても涼しく感じます。まさに野宿にはぴったり。ただやっぱり久しぶりの野宿。寝付きが悪く、あまり寝ることができませんでした・・。

27日(金)、早朝野球のかけ声に背中を押され、真っ青な空の下、千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館(歴博)へ。本格的に旅立つ前に、日本の歴史民俗について、ざっとおさらいしに行くことに。

葛飾八幡宮旅のあいだ、目にとまった地元の神社に「朝の挨拶」をしに行くことにしているので、国道17号沿いの葛飾八幡宮に立ち寄り、心を静めます。
40㎞ほど自転車をこぎ、10時頃、到着。思ったより体力消耗して、ヘトヘトです。冷水機で水をがぶ飲みしてもまだ足りません・・・。汗が止まり、体が落ち着くまで30分もかかりました。

平城京朱雀門の縮小模型展示を鑑賞していても、体の疲れがとれない。。僕としたことが・・・。

どうやら、睡眠不足と、久しぶりの自転車フル装備(フロントバッグ&前後両サイドにサイドバッグ、荷台にテント・寝袋他)に、ノートパソコン一式を背中にしょっていたのが、こたえたようです。

休憩コーナーで仮眠したりしていると、ほとんど回らないうちに午後5時になり、タイムアップです(涙)。

歴博を出て、佐倉城址公園を散策。
実は、佐倉には前回の旅で来ています。
ここ佐倉城は、小田原城、川越城と並ぶ、江戸警備の3大拠点の城として、日本100名城に選定されています。
前回来たときに、百名城のスタンプを押しました。

城址公園を散策後、男の人(山田さん)に声をかけられ、城址公園内の大きな東屋で1泊することを勧めてくれました。その男の人と東屋でひとしきり話をしたあと、そこに泊まることに。
深夜、若者のかくれんぼ(?)の声が響きわたり、また寝付けません・・・。

旧河原家住宅28日(土)は、佐倉観光。
武家屋敷や、旧堀田邸、佐倉順天堂記念館、佐倉新町おはやし館に行ってきました。



客座敷で記念撮影旧堀田邸では、ボランティアガイドの方に解説を頼み、一緒にみて回りました。
渡り廊下の網代天井や、茶室のベンガラ壁、忍者封じの2重床など、あまりの豪華な造りに感心していると、説明パネルコーナーに「愛知県津島」とあるのに気づきました。
なんと、旧佐倉藩主で老中まで輩出した堀田氏は、僕のふるさとの津島にある堀田邸の分家だということです。

津島の堀田邸は、僕の実家から歩いて10分ほどの津島神社の隣にあります。その前を数え切れないほど通っていますが、中に入ったことはありません。「まさか、こんな偶然が!?」と、びっくり。

ガイドの方は一昨年、津島の堀田邸を見に行ったらしく、僕の知らない津島をいろいろと教えてくれ、思わぬところで、地元話に花が咲きました。

佐倉新町おはやし館午後5時前、佐倉新町おはやし館の管理人にお礼を言って出発。図書館に立ち寄ったあと、城址公園へ。

城址公園には、佐倉城があったときの曲輪の跡が残っています。本丸跡には、3層3階の佐倉城天守が建っていた天守跡があります。今日はそこに僕の“お城”を建てることにしました。

天守址に一夜城秀吉真っ青の、一夜城。

やっと、敬愛するドン・キホーテ殿が渇望した、一国一城の主になりました。


深夜、目を覚ますと、“お城”の中が、ほのかに明るくなっています。
こんなところに電灯なんてあったのかと外をのぞくと、届きそうで届かない、満月に近いお月さま(居待月)が、こがね色に輝きながら、すぐ目の前、空の真ん中に浮かんでいました。

朝、いそいそと“お城”を畳み、夢の世界から撤収です・・。

我がふるさと 津島

僕は、愛知県名古屋市で生まれましたが、幼稚園に入るときに名古屋から西に20㎞ほどの津島市に引っ越しました。

尾張(愛知県西部)が歴史上、最もクローズアップされるのが、戦国時代 ー織田信長の時代ー です。

現在はさびれ気味の地方都市である津島市ですが(佐倉市と似てる!?)、戦国時代、尾張と伊勢を結ぶ河港町・自治都市「津島湊」として、尾張で最も貨幣経済が発展していた商都でした。

※「津島」の名称は、津島神社の祭神であるスサノオノミコトが、出雲から、玄界灘に浮かぶ対馬、そして伊勢の松下社を経由して移ってきたこと(参考:津島神社の社伝)などから、「対馬→津島」という説があります。

信長の祖父・信定が津島湊を手に入れ、その経済力をバックに、信長が尾張を統一し、天下人への礎を築きました。
諸説ございますが、信長が構想した革新的な「兵農分離」は、津島湊の経済力がなければできなかったと勝手に信じています。

そんな津島には、歴史ある街並みが今も残っています。
僕の大親友の家は、間口が狭く奥に長い、町家建築の建物です。
彼の部屋は、玄関から、通り土間を渡り、サンダルを履いて箱庭を抜けた奥の建物の、急階段を上った2階にありました。

そうだ!
彼の祖先はきっと、津島で脈々と代を重ねているはずだから、今度、お雑煮について聞いてみることにしよう!
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