2011/07/12

葉山で、夏気分満喫♪

6月6日に出発した、現在進行中の旅について書き始めます。
当初の予定より出発が延びてしまいましたが、元気に旅を続けています!

6月6日、当初の目的地の東北に行く前に、神奈川県の葉山にある、きさらちゅん(木皿さん)の家に行きました。

きさらちゅんとは、3月11日の東日本大震災の日に知り合いました。
地震で電車が止まったときに日暮里にいたきさらちゅんが、友人の紹介で、僕のアパートに来たのです。
その後、ゴールデンウィークにスタッフとして参加した、アメリカ・インディアンに伝わる物語「ジャンピングマウス」のストーリーテリングの催しなどで、より一層、仲良くなりました。

6月6日の昼さがり、満を持して出発!
葉山までは約60km。のんびり横浜経由で、夜暗くなる前に、到着しました。

きさらちゅんち

葉山の家は、もともとお兄さんが別荘として建てたらしく、生活感をあまり感じない、おしゃれな家です。

部屋に先に来ていたみこさんが、葉山名物の生しらす入りスパゲティやゴーヤチャンプルを作ってくれ、こちらも葉山名物の、葉山コロッケ、葉山高梨豆腐店の豆腐を用意してくれました。

うまい!

疲れた体に、おいしい料理が染み込みます。

次の日は、立石公園までドライブ。
夕時の立石を見て、海岸で遊んだ後、フラ(フラダンス)を踊ります!?

きさらちゅんの踊るフラは、カヒコ。
フラ・カヒコは、素朴な伝統的楽器やチャント(詠唱)を用いた、古代から続く厳粛な踊りです。
最近まで知らなかったのですが、僕のイメージにあった陽気なフラダンスは、フラ・アウアナと言って西洋音楽を取り入れた現代的なフラダンスなんだそうです。

遠く赤い夕焼け雲を眺めながら、僕も、見よう見まねで一緒に踊りました。

その次の日は、葉山の自家製野菜を購入しに、山の方に車を走らせます。

葉山は、海から離れると、すぐ山になります。
馬頭観音や庚申塔がひっそりたたずむ、車1台やっと通れる細い道をクネクネ進むと、こっそりと広がる畑の脇に、無人野菜直売小屋が点々とたってます。小雨の中、瑞々しいカブや、夏みかんなどをいただきました。

スピリチュアルスポット(?)の「不動滝」でお祈りした後、葉山公園へ。
大浜海岸は、まだ海開き前で、散歩中の方が数名歩いていました。
さざ波が響きわたる心地いい海岸を歩き、海の水を舐めると、もう我慢できない。トランクス1枚になって、海に飛び込みました!

大浜海岸にて

気持ちいいー!最高!

さっきまでの雨がウソのように陽がさし、青空が広がり始めています。
ちびっ子と僕しかいない海で気持よく泳いでいたら、きさらちゅんたちも海に飛び込んでました(汗)。

海を出た後、きさらちゅんの知り合いのデューク金子さんに会いに行きました。
道を尋ねて、何とかNPOオーシャンの建物に到着。建物の前にはカヌーが積まれ並んでいます。

ちょっと前に海から帰ってきたデュークさんと話をします。
アウトリガーカヌーパドラーであるデュークさんは、「オーシャン」というNPO法人を立ち上げています。
カヌーを使った旅に挑戦しているデュークさんは、7月から、カヌーをこいで、熊本県水俣から福島県の原発に向かう計画を立てています。その計画について、カヌーについて、シンプルに生きることについてなどを、一時、語り合いました。

デューク金子さんと共に
-----
デュークさんの旅は、始まっています。
Ocean Legend
-----

その夜は、本場ハワイのフラ大会(?)のDVDを見て、またフラの練習。
イリイリ」と呼ばれる、石のカスタネットを手の中でカチカチ鳴らしながら、優雅に踊ります。僕は、ひょうたんから作られた伝統楽器「イプ(イプヘケ)」をポポポポンと叩きます。難しいけど、面白い。

きさらちゅんたちに、「フラが似合ってるよ!」とおだてられて、すっかりその気になっちゃいました(笑)。

ランキングに参加しています。
にほんブログ村 日本一周(自転車)
↑クリックしていただけるとうれしいです。
いつも、温かい励まし、ありがとうございます。

2011/07/02

神奈川のお雑煮 第3回 ~相模湖周辺は甲斐国?~

2月、東京に戻ってくる途中、山梨県上野原市や相模湖北岸地域で、お雑煮について尋ねました。

上野原市に入り、四方津の駅近くでお雑煮のことを尋ねると、元旦ではなく、2日に「うどん」を食べるとおっしゃる方がいました。

2日にうどん?

これは聞かざるを得ない・・と、上野原市で、お雑煮のことを尋ねました。

何人かに尋ねると、「2日にうどんを食べる。」と、多くの方がおっしゃいます。
そのうどんとは手打ちうどんで、正月2日にうどんを打つことを、「うちぞめ」とか、「ぶちどめ」とか、「打ち初め(ぶちぞめ)」と呼ぶそうです。

この辺りは、まずお餅の入ったお雑煮を食べ、次に、うどんを食べるという流れのようです。

お雑煮のことを尋ねていると、眼下に相模湖が広がり、神奈川県に入りました。

神奈川県に入っても、2日に「打ちぞめ」をして、うどんを食べたという話を聞きます。
お雑煮は、厚木や伊勢原などでよく聞いた、里芋と大根のお雑煮ではなく、たくさんの具を入れた「けんちん汁」のお雑煮の方が多くいます。

藤野町資料館国道20号を走っていると、「藤野町資料館」と書かれたのぼり旗を見かけたので、立ち寄ってみました。

ここ旧藤野町(現在は相模原市緑区。)は、江戸時代、甲州街道十番目の宿である「吉野宿」として栄えたところです。
館内には、吉野宿の街並復元模型や、藤野町の歴史、かつての産業の養蚕と炭焼きの解説があります。
それらをひと通り見た後、係員にお雑煮のことを尋ねると、向かいの吉野さんは、この辺りについてすごく詳しい人だと教えていただいたので、早速、向かいの家へ行きました。

藤野町資料館向かいの吉野家は、吉野宿の本陣で、名主だった家です。
声をかけると、おじいさんが出てきました。90歳を過ぎているとは思えないほどしっかりしています。
かつて、藤野町の民俗を調査していて、藤野町内に、768体の石像があることなど、この地方のことをいろいろと話してくれました。

その中で僕の興味を最も引いたのは、江戸時代、ここ相模湖周辺は、郡内地方だったということです。

今の郡内地方は、山梨県の南東部を指しますが、相模湖周辺もかつては、郡内地方の一部だったそうです。ここも郡内地方だったと考えると、けんちん汁の話や、打ちぞめの話など、甲斐国の影響を強く受けているわけが納得できます。

ここ相模湖周辺の旧津久井郡は、現在神奈川県に属していますが、文化や風習は甲斐国に属していると考えることができます。


より大きな地図で お雑煮マップ 2(関東南部・富士山麓・甲府他) を表示

丹沢湖奥、箒沢(ほうきざわ)の、みそ味のお雑煮

去年の10月、神奈川県山北町から御殿場に行く途中、丹沢に寄りました。
丹沢湖から中川川の上流へ細道を、ぐんぐん北に進んでいくと、徐々に山が険しくなり、箒沢というところに着きます。

そこに住む方は、みそ味のお雑煮を食べるとおっしゃっていました。
丹沢湖周辺にもみそ味のお雑煮の方がいらっしゃいましたが、神奈川県では、それまでずっと、しょうゆ味のお雑煮だったので違和感を感じました。

丹沢湖ビジターセンターその時に寄った丹沢湖ビジターセンターに、箒沢の地名の由来が解説してありました。

中川川最奥の集落だと思っていた中川集落の人が、さらに中川川上流からホウキが流れてきたのにびっくりして上流を調べに行くと、甲斐国から来た人たちが集落を作っていたそうです。そこで、その集落を「箒沢」と呼んだということです。

この伝承からも裏付けられるように、この箒沢に住んでいる人たちはかつて甲斐国に住んでいた人々だとすると、「みそ味のお雑煮」というのもしっくりきます。
ランキングに参加しています。
にほんブログ村 日本の伝統・文化 人気ランキング
↑クリックしていただけるとうれしいです。
いつも、温かい励まし、ありがとうございます。

2010/10/28

神奈川のお雑煮 第2回 ~ハバノリ文化圏~

伊勢原市から、小高い善波峠を越えて秦野市に入ります。

やっぱり、ここも里芋と大根を中心としたお雑煮のようです。
10人近くにお雑煮のことを聞いたとき、ひとつ、気になることが出てきました。
お雑煮に、「青のりを入れる。」という方がちらほらいるのです。

現在は、地域のお雑煮一色になることはなく、各々が様々なお雑煮を作っていることが多いので、1人の方が独特なお雑煮を語っても気になりませんが、それが2人になると「あれ?」と疑問に思い、3人になると「これはもっと確かめてみないと。」という気になります。

先祖代々、ここに住んでいる方だろう。と思われる方が、「青のりを揉んでお雑煮に入れる。」と言うのが続くと、無視できません。

秦野市史には、「大根と里芋」の記述だけで、「のり」については書いてありませんが、こうなったら、腰をすえて、聞きまわらざるを得ません。

道を歩いている方や、お店の方に、尋ねます。

「のり」の話はたまに出てきますが、どうも決定的な話が聞けません。
暗くなりかけたその時、お店から出てきたおばあさんに声をかけました。

そのおばあさんは、話します。

「・・(略)・・仕上げに、青のりを揉んでボロボロにしてふりかけるんだよ。・・(略)・・昔は、青のりじゃなくて、ハバノリだったんだけどね。今は2枚1500円ぐらいして高いから、代わりに青のりを入れてるんだよ。昔?そうそう、戦前はほんと安かったんだけどね・・(略)・・。」

これを聞いて、僕は確信しました。

ハバノリ。
そういえば、少し前に尋ねた方も、ハバノリの名前をちらっと出していましたが、流してしまっていました。このおばあさんの話で、秦野で「のり」について聞いたことがつながっていきます。

ハバノリについては、「日本の食生活全集14 神奈川の食事」の「小田原<片浦>海岸の食」に出てきます。
僕は、「千葉県のように、海沿いの人たちは、ハバノリを入れるんだなぁ。」と思っていましたが、「海沿いの人」という固定観念のため、秦野市という内陸で「のり」を入れるという発想が欠けていました。

秦野にもお雑煮にハバノリを入れていた方々が、まとまっていたんだ。

と(勝手に)確信しました。

そして、次の日、秦野市を離れ、川音川に沿って延びる246号線を下って、松田町に行きます。

その一帯で、お雑煮のことを聞くと、秦野市より、明らかに「ハバノリ」(青のり)をお雑煮に入れている人が多くなります。南足柄市、松田町、開成町、そして、山北町でも、「ハバノリ」を入れる方は、数多くいました。

なぜ、この内陸に「ハバノリ」を入れる人が多いのか?


より大きな地図で お雑煮マップ 2(関東甲信) を表示

江戸時代までの文化は、自然環境や気候によって、分かれることが多いです。

上記の地図を見ると、小田原市から北に細長く平野(足柄平野)が広がっているのが見て取れます。
足柄平野の真ん中には、この平野を作った酒匂川が流れています。
この酒匂川に沿って、ハバノリが運ばれ、周辺の村々に「お雑煮ハバノリ文化」が広まっていったと考えられます。

※現在でも、このあたりは「小田原都市圏」として、ひとつの圏域になっています。

足柄平野と、川音川でつながる秦野盆地にも、この「お雑煮ハバノリ文化」が流入しているということは、江戸時代、秦野は足柄平野の村々との交流が活発だったのでしょうか?

謎は深まります。

  • ハバノリは、小田原文化圏のものなのか?
  • 平塚や茅ヶ崎でも入れるのか?
  • 三浦半島でもハバノリが採れるので、やっぱりお雑煮に入れるのだろうか?

そのことを確かめに、いつかは分かりませんが、この旅の間に、神奈川県の海岸も尋ねまわる予定です。

ランキングに参加しています。
にほんブログ村 日本の伝統・文化 人気ランキング
↑クリックしていただけるとうれしいです。
いつも、温かい励まし、ありがとうございます。

2010/10/26

神奈川のお雑煮 第1回 ~里芋と大根~

横浜からお雑煮のことを聞き始めました。

御殿場を目指して、西へ西へと進んで行きます。

聞き始めてすぐ、神奈川の雑煮は東京と違うことに気づきます。
漠然と、東京と神奈川は同じ文化圏で、お雑煮も一緒のような気がしていましたが、そんなことはありませんでした。

しょうゆ味の汁に角餅を焼いて入れるのは同じですが、微妙に具が違います。
当然、現在はバラエティに富んだ様々な具が入っていますが、東京のお雑煮に入っていることが多い具が「小松菜などの菜っ葉類」なのに対して、神奈川のお雑煮は「里芋と大根」が高い確率で入っています。

※東京で聞くお雑煮にも、里芋や、大根が入っていることは多々ありますが、その他の具のひとつのような気がします。

神奈川の人が具について語るとき、

「里芋と大根。・・あと、鶏肉、小松菜・・・」

みたいに、「里芋と大根」がまず始めにくることが多いです。

横浜では、里芋と大根に、青みとして小松菜などの菜っ葉類、赤みに人参、だしに鶏肉などを入れる人が比較的多くいますが、厚木市あたりからは、里芋と大根だけの人が、比較的多くなります。

厚木市が編纂した「厚木の民俗」を読むと、特にそれが顕著で、雑煮について答えていた明治生まれの方約20名のうち、1人をのぞきすべての人が、具に「里芋と大根」だけを挙げていました(1人の方は、「里芋、人参など」。)。

僕が聞いたお雑煮に関しても、厚木より西では、「里芋と大根」だけの比率が増します。
この辺りから田畑が広がり、生垣や塀で囲まれる、昔ながらの家が多くなります。
伊勢原市で、江戸時代からこの土地に住んでいると仰っていた大きな家の方は、やっぱり「里芋と大根」。
昔ながらの作り方は、大晦日に、3が日分の「里芋と大根」を水煮して用意しておくそうです。

田んぼが広がる、厚木と平塚の市境で、稲の刈り取り作業をしていた2人のおばあさんの話がとても印象的でした。

2人とも、子供の時から、里芋と大根を入れたしょうゆ味のお雑煮を食べています。

温和なおばあさん
「元旦だけは昔からの雑煮にするけど、2日からは、若い人たちが作る、鶏肉や小松菜も入ったお雑煮を食べているよ。」

威勢のいいおばあさん
「鶏肉?鶏肉なんて、やだね。ギラギラしちゃってさ。お雑煮は、さっぱりしてるもんさ。」


「でも、まぁ、仕方ないですよね・・・。」

威勢のいいおばあさん
「若いモンがやりたいように勝手にやってればいいさ。この辺りのお雑煮も、もうわたしらの代でおしまいだね。」


とこんな感じでした。。

確かに、特に都市部では、その土地の昔ながらのお雑煮を守り続けていくのは難しいです。
時代が変われば、その時代にあった食べ物に変化していくのは当然です。

「おしまい」になったのではなく、新しい風習に「生まれ変わった。」と考えるべきなのかなと思っています。

ただやっぱり、僕は、昔ながらのお雑煮を聞きたいと思ってしまいます・・・。


より大きな地図で お雑煮マップ 2(関東甲信) を表示
ランキングに参加しています。
にほんブログ村 日本の伝統・文化 人気ランキング
↑クリックしていただけるとうれしいです。
いつも、温かい励まし、ありがとうございます。

2010/10/17

忘恩は傲慢の産物にして、世に知られたる大罪の一つなり。(by ドン・キホーテ)

本当に嬉しくありがたいことに、前回の旅よりたくさん声をかけられている気がします。

前回に輪をかけて、ゆっくりゆっくり進んでいるからでしょうか?

大体時速10キロぐらいで、のんびり走っています。神社を見かけたらお参りしてみたり、意味なくぼーっと休憩してみたり・・。

お雑煮のことも、聞き始めるとスイッチが入ったように、おばあちゃんを中心に、道行く人たち、庭に出ている人たちに、声をかけています。

厚木に向かっている途中、藤沢市の住宅街でおばあさんに声をかけました。

お雑煮のことを教えてもらったあと、おばあさんから、

旬の時期に手に入れた大根や芋茎を、乾燥させてから冷凍保存してとっている。

という話を伺いました。

なるべく野菜は旬の時期のものを活用するそうです。
昔ながらの生活スタイルをこのモノがあふれる社会で守り続けているのは、本当にすごいです。

そのおばあさんに、

「芋茎を食べたことがある?」

と聞かれました。

「いや・・・ないと思います。」

と答えたら、

「家に食べにいらっしゃい。」

と誘ってくれました。

家に着くと、話を聞いたおじいさんと一緒に僕を歓迎してくれます。

芋茎だけではと、お昼ごはんも用意してくれました。
フキの煮物や漬物など、まさにおばあちゃんの味。ほっとします。

芋茎は初めて食べました。
この芋茎は、八つ頭ができる里芋の茎で、噛みごたえがあり、シャキシャキしてとてもおいしいです。
味付けもちょうどよく、ご飯がドンドン進みます。
あっという間に平らげてしまったので、おかわりまでいただいちゃいました。

芋茎の煮物

2時間ほど、お話したあと、お暇することになりました。

凍らして保存してあった煮物や、あられなどのお菓子詰め合わせをいただき、そして、使いまわして少し緑色に変色したペットボトルに、家でわかしたお茶を入れてくれます。

野菜を、わざわざ乾燥させて冷凍保存したり、ペットボトルを使いまわしたり(僕も今、使い回しのペットボトルに水道水を入れて持ち歩いています。)、モノを大切にする豊かな精神が、普通に息づいています。
同じ時代に生きていますが、生活スタイルが僕たちと全く違います。
周りの環境は、簡単に人間を変えてしまうことを実感します。

「今度、来たときは是非泊まっていって。」

とあたたかい言葉で見送ってくれました。

まだ出発して間もない今回の旅ですが、すでにたくさんの恩を受けています。
前回の旅も合わせると、もう受けた恩は数えきれません。

我がお師匠のドン・キホーテは、人間の犯す最大の大罪として「忘恩」を挙げています(恩の返し方は、ハチャメチャですが・・・。)。

正直、旅の途中に僕を助けてくれたすべての人に、恩を返すことはできません。
通りすがりの僕に、餞別や差し入れ、あたたかい言葉をかけてくれる人に、その場ではただ感謝するぐらいです。

受けた恩を当人に返すことは当然ですが、旅で会う人のほとんどは、一期一会。

受けた恩は、違う形で違う人に、バトンを渡すように、返していくことが大切なんじゃないか・・と思うようになりました。

でも、僕は、その人達のように、僕の周りにいる人に、あたたかい言葉をかけたり、身銭を切ることができるだろうか・・。
いまだ五里霧中です。

ズバリ答えは、旅の中にある!・・わけないか(笑)。

ランキングに参加しています。
にほんブログ村 日本の伝統・文化 人気ランキング
↑クリックしていただけるとうれしいです。
いつも、温かい励まし、ありがとうございます。