10月4日(日)、神奈川県立博物館に行きました。
馬車道に面して建つ、神奈川県立博物館。
旧横浜正金銀行本店として明治37年に建設され、ドイツの近代洋風建築の影響を受けた重厚な建物です。
横浜には、このような建物が本当に多いです。港が開かれ、西洋化していった時の雰囲気が伝わってきます。
入口に、特別展「天狗推参」の案内パネルが取り付けられています。
おっ!天狗!
天狗といえば・・・
三重県の山奥で出会った天狗信仰
トトロが出てきそうな鬱蒼とした森に囲まれた、山の谷間を南下している途中、大ケヤキと十三重石塔が有名な太郎生の国津神社に立ち寄りました。
本社の上の方を見ると、天狗が描かれた額が。
「なんで、天狗?」とちょっと気にかかりました。
そして、伊勢本街道を下り、飼坂峠を越え美杉町北多気へ。
北畠神社に行くと、なんとそこにも、拝殿の前に大きな天狗のお面が掲げてあります。
さすがに、こうも至る所にいると気になります。
社務所にいる巫女さんにちょっと聞いてみました。
巫女さんは「山にある神社ではよく天狗が祀ってありますよ。」というようなことを言っていました
そして、去年の正月、山の中をさまよっていた僕を泊めてくれた松本大昌さんに、もっともっと山奥にある川上山若宮八幡宮まで、雪降る中、車で連れていってもらいました。
キョロキョロ探すと、やっぱり天狗がいました。
この神社は、滝行で有名で(松本さんもここで滝行をしたそうです。)、その滝に行く途中の崖にも、天狗の石像が、雪の中に隠れていました。
※わかりづらいですが、真ん中にいる像が天狗です。
「これは見るしかない。」と、特別展「天狗推参」の展示場へ。
天狗は、中国では「流星」を意味していたそうです。
天狗が、今の姿かたちになったのは江戸時代。そんなに遅いんだとビックリ。牛若丸を鍛えた鞍馬天狗の姿は、江戸時代の創作!?
平安時代や鎌倉時代の天狗は、羽の生えた鬼みたいな姿だったり、今の天狗とはずいぶん違います。
面白い展示の中でも、「天狗草紙」が目を引きます。
傲慢・堕落した坊さんを天狗の姿で表現しています。当時、天狗は魔物でした。
天狗は、鎌倉時代ごろから、山岳信仰や、山伏の修験道と結びついて、「山の神」になっていったそうです。
確かに自転車で山奥を走っていると、めちゃくちゃ怖いです。何か出てきても不思議はありません。
でも実は、天狗には出てきてほしいと思っています。出てきて、まだまだ未熟な僕を一から鍛え直してくれるとうれしいです。
まだまだ見処たくさんですが、これ以上書くと、くどくなってしまうので(すでに十分くどい!?)、このあたりでやめときます。今月末まで開催しているので、興味のある方は是非見に行ってみてください。
その後、平常展へ。
ここは平常展も充実しています。
無理やりオッパイ(!?)をとりつけた土偶や、縄文時代の、ベンガラを塗った石剣など、初めて見る展示品も数多くあります。
奈良時代から戦国時代の歴史は、ほぼ仏教に絡んだ展示。
特に、鎌倉時代は仏教に関する展示ばかりです。「石塔の種類」の展示&解説を読みました。すでに忘れてています・・・。
明治時代、横浜が開港になり、数年たった時の縮小模型を見ると、洋風建築と共に横浜が発展していった様子が、よくわかります。
※この博物館では写真が撮れないのが残念です。
とまぁなんだかんだ、特別展と平常展の両方をじっくりみていたら、結局、閉館までみっちり楽しんでしまいました(汗)。
本当は、横浜ユーラシア文化館にも行こうと思っていましたが、無理でした。。
国立博物館の「e国宝」。ー国宝 餓鬼草紙ー
先月、国立博物館の国宝室で、「餓鬼草紙」を見ました。
今まで国宝室で見た国宝の中で、最も僕の興味を引きました。
饗宴に興じる、やんごとなき人々にまとわりつく餓鬼たち。
色欲に溺れた坊さんや女たちと、一緒にいる餓鬼たち。
道端で糞尿をたれる人々と、それを食おうとする餓鬼たち。
死肉を食う犬や餓鬼たち。
鬼にお仕置きされる餓鬼・・・。
全くすごい風刺です。。ちょっとリアルすぎて怖い。
もしや、すでに僕にも取り付いてるかも!?
東京国立博物館内のパソコンでズームアップしたりしてしっかり見てきましたが、普通に家でも見ることができました。
皆さんも是非、自分がとりつかれていないか確認してください!?
e国宝 餓鬼草紙
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