ただいま小山町の町議をしているこの方、一言で言えば、変人(褒め言葉)です。
変人は、変人を知る!?
僕はよく、「変わってる。」と言われますが(実際は、いたってノーマルです・・・。)、この人は本当に変わっている方です。
今回のことを書く前に、前回の出会いから、ひも解こうと思います。
2009年2月、アパートの解約をしようと(結局解約せず。ただ今、友人が住んでいます。)、三重県から東京に戻る途中のことです。
夕方、少しでも標高の低いところで寝たいと、御殿場からぐんぐん道を下っていました。
鮎沢川に差し掛かったとき、自転車を降りて鮎沢川の写真を撮っていると、後ろから声をかけられました。
岩田さんです。
少し話をしたあと、家に招待されました。
すぐ近くの家に行きます。土間には、制作中の道標が転がっていました。
岩田さんは、年間40回ぐらい不老山に登っていて、登山道に、数多く、自作の道標を立てています。
そのとき作っていた道標のひとつに、「不老山に千回登らにゃ、不老不死の仙人にはなれんわい。」って道標がありました。
「そこにひとつ、クイズを書くつもりだ。」と岩田さんは言いました。
そのクイズとは、
吉野川上空を雲にのって飛んでいた久米仙人が何かを見た途端、雲から落っこちました。何を見たのでしょうか?
というものです。
僕は答えを考えます。というか、、考えるまでもなく、僕にはひとつの答えしか思い浮かびません。
「でも、まさかなぁ・・・。違うよなぁ・・。」と思い、口から答えが出てきません。
岩田さんは、急かしてきます。間違えたら恥ずかしいので、あんまり言いたくなかったんですが、、、答えました。
「女の裸・・・ですか??」
岩田さんは、
「うーん、おしい。」
と言って、答えを教えてくれました。
答えは、「女のはぎ(ふくらはぎ?太もも?)」。
このことは、広辞苑に載っていると、広辞苑の「久米仙人」の項を見せてくれました。
広辞苑には、・・(略)・・今昔物語集・徒然草などに出る。と載っています。
僕の世代から下にとって、「仙人=すけべ」だと思いますが(?)、エロ仙人は、日本の伝統だったんだと、この時、初めて知りました!
「どういう風に出てるんだろう?」と2人で意気投合。「よしっ!調べてみよう。」ってことに!?
その前に、もう暗くなってきたので、「家に泊まっていけ!」と、長年放置してある裏の家屋に案内してくれました。廃屋っぽいですが、「家は漏らぬほど、・・・」ということで、僕にはもったいないくらいです。
母屋の居間で、岩田さんお手製の夕食をいただきました(岩田さんの手料理は絶品です。)。
ご飯をいただいたあと、岩田さんが、奥の部屋から、ハードカバー・箱付きの「徒然草」と「今昔物語集」を持ってきました。
かつて国語の教師をしていた岩田さんの家には、日本の古典文学の書籍が一式ズラッと揃っています。
2人で、手分けして、ページをめくって探します。
久米仙人、久米仙人・・・。
すぐ見つけることができません。
15分ぐらい探して、やっと見つけることができました。
徒然草の記述は、雲から落ちてしまった仙人に共感する内容です。いやぁ同感!?
今昔物語集の記述も発見。
久米仙人は、その後、仙人として活躍していました。
2人とも、大満足。
岩田さんは、現在町議をしていて第3期目。前回の選挙ハガキ(ポスターも一緒)を見せてもらいました。書いてあることは、ほんと立派です。まさに仙人。
「明日、不老山に一緒に登るか?」と誘ってくれましたが、早く戻りたかった僕は、「また次の機会に登ります。」と答え、次の日、東京に向け出発しました。
そして、今回へ・・・。
3 件のコメント:
たとえ雲から落ちたとしても、桃源郷に辿り着けるぐらいの逞しさを持った新・久米仙人を目指して欲しいですね。(笑)
> 狛 さん
久米仙人は、落ちたあとその娘と結婚してしまいました・・・。
僕は、どうするだろうか?おそらく振られて、泣く泣く歩いていくことになりそうです!?
はじめまして 10年前のブログのようですが、今でもコメントは届きますか?先日メッセージを送ったものです。現在岩田さんの道しるべを何とか自費出版でまとめられないかと考えているところです。予算もあまりなくて、道しるべの崩壊も進んでおり、実現できるかどうか誠に妖しいですが、もしできればその本の中でMasatoさんのブログを紹介させていただいても良いでしょうか。他にも岩田さんの道しるべの写真をまとめたり、山中で偶然ご本人に会って一緒に歩いた方などがいるようですが、Masatoさんのブログが一番印象深かったです。私はすでに退職して丹沢あたりをボチボチ歩いている(中)高年登山者です。
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